フェミニズム言説がL文学化する −(4)L文学とは何か−

ただ、『赤毛のアン』の結末にみられるような恋愛結婚に異議申し立てをする動きがあったのも事実である。1970年代に登場したウィメンズリブ運動がそれである。斎藤によると、じつはこのリブ運動が少女小説とは別のもうひとつの「L文学の土壌をつくった重要なファクター」であるという。リブ運動の射程は大きく、ここで詳細に論じることはできない。それで、恋愛結婚に絡ませて、L文学に貢献した部分を取り出すこととしたい。

恋愛結婚は近代の産物である。とは言っても、恋愛結婚にもいろいろなものがあるので、ここでは焦点を「正当」な恋愛結婚に置いて、女性の側から考えてみようと思う。「正当」な恋愛結婚はいつの時代でも、ロマンティック・ラブ・イデオロギーに支えられていて、恋愛をし、その恋愛相手と結婚をし、そして性的に結ばれる、という、決してこの順序を間違ってはいけないものとして存在する。当然、愛にプライオリティが置かれるのだから、「愛してくれているんだったらこれくらいしてくれても」と女性に甘えが生じる。運転をお願いし、記念日には高価なプレゼントを期待し、月に一度の外食はイタリアンで、ということになる。一番の甘えが何よりも、生活における経済的依存である。そして、同じ論法で、「愛しているから、あなたの生活の面倒は私が見るし、そして何よりも裏切ったりしないわ」と自己犠牲を厭わない。愛のもと依存と犠牲が共存する、それが「正当」な恋愛結婚である。

リブ運動はこういった恋愛結婚にノーと言った。「愛=結婚=性」というロマンティック・ラブ・イデオロギーは、高度経済成長期を支えるイデオロギーであり、女性を、一人の男性に、そして家庭に縛り付ける強力な制度でしかないと主張したのである。男性が経済活動に没頭できるのも、この制度がうまく機能しているからである。リブ運動は、女性がこの囲い込みの制度から解放されるべきだとし、そのための方法として「経済的自立」と「性的自立」を求めた。現在から考えると至極真っ当な主張であるが、当時は目から鱗が落ちるほどの衝撃を社会に与える考え方だった。

さて、このリブ運動がL文学にどのような影響を与えたのだろう。リブ運動は、社会的センセーショナルを巻き起こすほどの戦闘性をもっていた。看板を携えながら大声でシュプレヒコールする女たちの集団に、同じ女性でも「あそこまでしなくても」と思った人は多いのではないだろうか。共感よりも反感を買ったのではなかっただろうか。

が、心配は無用である。リブ運動の中核がいくら戦闘的であったとしても、その裾野としての、普通の女性と接点を持つ場は極めて良好だったからである。それはひとえに、一部のリブ運動家たちが、自分たちの考えを普通の女性に伝える際に、それを「意訳または希釈」したことによる。(斎藤)つまり、 硬くて難解な文体ではなく、普通の女性が普段の会話で使っている気軽な「オシャベリ文体」(斎藤)を用いたのである。例えば、「性的自立」と言えば硬い響きをもつが、「へえ、女の体ってこんなになってたんだ」とか「へへへ、今日は彼のところから朝帰りなんだ」とか言えば、受け入れられやすい。思想を平易な文体で語ると誤解を招きかねず、けしからんことだ、と言って眉をしかめるのは、思想だけにどっぷり浸かった人たちの反応であって、普通の女性はそれを歓迎したのである。実際、リブ運動を経て80年代前後に出版され、リブ運動の理念をこのような「オシャベリ文体」で書いた本はベストセラーになっている。(斎藤)

リブ運動が、L文学に与えた影響は、この日常の文体である。「経済的自立」は、「結婚しようかしらどうかしら」「結婚はしたいけども仕事も捨てがたいし・・・」に、「性的自立」は「彼とは結婚は考えていないけど、セックスならしてもいいと思ってる」などと変換される。そうやって、日常の文体を通して、女性がもたざるをえない女性特有の問題意識が一気に女性に浸透したのである。

斎藤があともうひとつ、L文学に影響を与えたと指摘するのが、この日常の文体が根付こうとしていたころの80年代に別の場所で生まれた日常の文体、すなわち集英社コバルト文庫である。コバルト文庫は、少女マンガの活字版(あるいは少女マンガの原作)で、「1976年に、ティーンエイジャーの女性読者をターゲットとし」て書き下ろされた言説のことを言う。(斎藤)少女マンガから、少女による少女を題材とした少女のための言説が生まれたのである。少女マンガを祖とするのだから、文体が「オシャベリ文体」でないはずはない。リブ運動を少なからず知っている作者たちが書くのだから、内容がリブ運動の理念に多かれ少なかれ触れないはずがない。実際、コバルト文庫の人気は高く、斎藤が例に挙げている氷室冴子なんて素敵にジャパネスク』など、累計100万部を軽く超える作品も珍しくなかったらしい。

そして、こういった日常の文体とリブ運動の理念は言説にとどまることはなかった。『なんて素敵にジャパネスク』を例にとれば、この作品は後にマンガ化、テレビドラマ化、そしてラジオドラマ化までされたのである。