異なる声 (3)

猛暑日が続いたので海に行ってきた。海に入って涼もうとか、ビーチの散策を楽しもうとかそういうことが目的で行ったわけではない。毎年の恒例で、家族が肌をやきに行くと言うので、それに付いて行ったのである。

私は肌をやきたくないし、後でべたべたするし着替えも大変なので海に入ることもしない。かわりに、パラソルの下で、パイプベッドにごろんと寝そべって、推理小説を読む。炎天下で本に集中できないように思われるが、ビーチでは意外と海からの風が心地よく、家の中にいるときよりも外の暑さを感じないでいられる。軽い本を読む分には意外とよい環境なのである。

それに加えて、たまに、ビーチにいる人たちを眺めるのも楽しい。オイルを塗り合う光景を見ると、なんだか得をしたような気分になる。人が他の人の肌に直接触るというのは普段目にすることができない。でもここでは、どのような目つきで、どのような手の動きで、どんな話をしながら、オイルを塗っているのか、人に気づかれることなく好奇心丸出しで観察することができる。のぞき見が公に許されているような感覚だ。服をまとっていない体(といっても水着は着用しているのだが)を見るのも勉強になる。年齢を重ねるにつれ、脂肪や筋肉が垂れ下がってくるのがよく分かる。だからなのか、中高年の女性たちは、自転車に乗る人が着るユニフォームのような、肌にピタッと吸い付くようなナイロンの水着というか運動着を着ていた。重力への抵抗か。と、垂れ下がる時期にきているので、自分の外見にはこれまで以上に注意しなくては、と身が引き締まる思いを体験できる、などなど。

今年の夏は、しかし、読書に集中することもいつものビーチ観察もできなかった。ある家族の光景に強く心を奪われたからである。

それは3人家族だった。父と母と息子。息子は眼球が突出しており、なにも言葉を発さず、その容貌と行動から、多分障碍(病気?)をもった子どもと推察した。バイオリニスト高島ちさ子の姉と同じような障碍だと思う。

高島ちさ子の両親はテレビ番組でその姉についてこう語っていた。「ふつう、こういう姉がいると、子どもは友達を家に連れてきたとき、「お姉ちゃん、隠して!」と言うことがあると思うんです。でも家の子どもはそんなこと言ったことがなかった。それどころか、友達に家の外で会うときも姉を連れて行って、友達と姉と自分たちとで楽しんでいた。それがなによりの幸せでした。」

高島ちさ子の両親の言葉から伺えるのは、「こういう」子どもがいたら、世間から隠したいという心がはたらくのが一般的だということだと思う。高島家は一般に絡め取られなかった素晴らしい家族である。

ビーチの3人家族はひっそりとしていた。でもそれは、目立つのを嫌がって他の人たちから距離をとり、孤立しようとしているせいだからではないように思えた。息子が話さないから、両親も話さなかったように見えた。息子が話さなかったというのは、通常私たちが知っているところの「話す」という行為をしなかったということである。だから、両親も息子に応じて「話す」ことをしなかったのだ。通常の世界に身を置いている両親は、コミュニケーションにおいては「話す」ことが重要だということをよく知っているはずである。それでも、「話す」ことがコミュニケーションの全てではない、と感得していたのだ。

では、なぜ、その家族はひっそりとしていたのだろうか。それは、父と母が息子の「声」になってない声を聞いていたからだと思う。息子のひとつひとつの動作が声と聞こえる感受性を両親は自分たちで育ててきたのだろうと思う。両親はそうやって息子とコミュニケーションをとっていたのである。

人の「声」や声を聞くことができるという感受性からは、「異なる声」が聞こえてくる。それは、通常のコミュニケーションの中では聞こえ難いものである。だから、この家族のコミュニケーションは静寂と見えたのであり、しかし実は、両親は「異なる声」を発していたのである。高島家の子どもが姉を自慢していたのと同質の「異なる声」である。

私たちの多くは、この「異なる声」を無視したり、無駄だと考えたり、徴のあるものだと思ったりしがちである。件のビーチでは、この3人家族は多分、障碍の子どもがいる家族で「かわいそう」と思われていたかもしれない。でも、それは勘違いというものだ。この家族は私たちの多くとは異なるやり方でコミュニケーションをとっていたのであり、「かわいそう」なことはなにもない。「かわいそう」だとすれば、家族の「異なる声」が聞き届けられなかったかもしれないことである。