専業主婦イメージは貧困

女性のなかで、専業主婦願望をもつ若い人が増え、専業主婦を支持する人も増えている、という言説を最近見かけることが多くなった。

と書き出すと、もうすでにその後には専業主婦への否定的イメージが浮かんでくる。人は大人になると自分の食べる分は自分で働いて稼ぐべき。社会や仕事の辛さからの逃避である。夫をあてにして楽して生きようとする生き方。税金も健康保険料も国民年金も払わないのに、それらの恩恵にはフリーライド。趣味と実益を兼ね備えたビジネスしてちょっとしたお小遣い稼ぎをしようとする優雅志向。

こう書くと今度は、専業主婦側からの反論がすぐ思い浮かぶ。一日中家事に拘束されている気持ちはお分かり?国の将来を担う子育てをしているのは誰かしら。今は多様化の時代なのだから、専業主婦の生き方を選択したからって、とやかく言われる必要はないし、もしかして、稼ぎの少ない夫をもった(もつ可能性のある)女性のひがみかも。

ああ、男女平等ってことが全然分かっていない。男女平等っていうのは、それまでの性差別の温床だった性別役割分担から離れて、新たな男女関係を作り直していこうって話。これを遂行するには、多くの男女にその利点を理解し、実行してもらわなくちゃいけない。それなのに、専業主婦は時代を逆行しようとするんだから、まったく気がしれない。

という感じで、否定に否定を重ねるロジックに嵌ってしまう。これが、働いている女性から話を始めると違うロジックが使われる。いまだ家事・育児負担を多くもつ女性の働き方をどうサポートしていくか、ということに議論が集中する。雇用条件の改善に男性の家事・育児参加などなど。専業主婦は蚊帳の外となる。

かように、専業主婦いじめは苛烈であり、それゆえ、そのイメージの貧困ぶりは目をみはるものがある。以下、最近のジャーナリズムが専業主婦のステレオタイプのイメージにどう乗っかっているか見てみよう。

まずは統計のお話から。これは私が参加しているメーリスからの引用。

「特集ワイド:私、専業主婦になりたい」@毎日jp(2010年7月7日夕刊)

◇残業代も無く深夜まで働くより/いい会社に入りいい相手見つけ/趣味やスポーツで自己実現

 専業主婦になりたい若い女性が増えているという。「男は仕事、女は家庭という価値観はとっくに過去のものになったと思っていたが、なぜだろう。背景を探った。【山寺香】

 「いい会社に入って、いいだんなさんを見つけたい。働く自信はあるが、特にやりたいことは無い。それよりも、専業主婦になって気楽に伸び伸びと過ご したい」
 こう話すのは、お茶の水女子大2年生(20)。大学の友人は「夫に『養ってやっている』と思われたくない」「夫と対等でいたい」などと、結婚後も働き続けることを希望するが、その発想が理解できない。「いいだんなさん」とは、一流企業に勤め、自分が働かなくても家族が余裕ある生活をできる経済力
のある男性だという。
 結婚するまで裁縫の先生をしていた専業主婦の母親(54)は「女性も働く時代よ」と、娘に公務員を勧めるが、工業大生の姉(22)も専業主婦志望。「育て方を間違えたかしら」と母親は首をひねる。

 国立社会保障・人口問題研究所が既婚女性を対象にした「第4回全国家庭動向調査」(08年7月実施)では、「夫は外で働き、妻は主婦業に専念すべきだ」と考える既婚女性の割合が、前回(03年)よりも3・9ポイント高い45%となった。93年の調査開始以来、初めて増加に転じた。
 特に顕著なのは29歳以下の増加で、前回よりも12・2ポイントも高い47・9%に達した。30、40代も増加しているが、50代、60代は変わらず低下した(グラフ参照)。

    ■

 不況や「格差」の広がりが要因との指摘もある。08年秋のリーマン・ショックによる世界同時不況を機に、就職市場は売り手市場から“氷河期”に一転した。

 上智大4年の石居里実さん(21)は小学生の時海外で暮らした。大学2年まではツアーコンダクターや同時通訳を志したが、その後専業主婦志望に転向。きっかけは、専業主婦である友人の母親が趣味のアートを優雅に楽しむ姿にあこがれたことだが、それだけではない。昨年10月以降、旅行、ホテル、航空など二十数社を受験したが、内定はまだ。友人の8割は就職先が決まり、「主婦になってこの状況から逃げたい」との思いもある。

 マーケティングアナリストで「下流社会」(光文社)などの著書がある三浦展さんは、専業主婦志向の強まりを「ないものねだり」と言う。働く女性が珍しかった時代は働きたい女性が増え、不景気で共働きが増える今は、逆に専業主婦にあこがれる女性が増えているというのだ。

 「不景気で女性の仕事が減る中、たとえ正社員になれても入社2、3年目で居酒屋などの“名ばかり店長”となり、残業代も無く深夜まで働かざるを得ないような状況が増えている。年収200万〜240万円で、収入が増える見込みも無い。そういう状況で専業主婦を望むのは、当然の感情です」と三浦さん
は話す。

 一方で自分の収入だけで家族を養える男性は減少している。大手結婚相談所「オーネット」が20、30代の未婚男性1135人を対象にした09年の調査では、結婚相手に「フルタイムで働いてほしい」が40・4%を占め、99年調査よりも13ポイントも増えた。「派遣などで働いてほしい」を合わせる
と8割近くに達する。

 このギャップを女性たちはどうとらえているのか。日本女子大2年生(20)は「高校時代から目的は明確でした。一流大学、一流企業に入り、いい夫と出会うこと。だから、受験勉強で努力したし、これから就職に向け、資格を取るつもり。不況だからこそ、早い時期から頑張っているんです」。明確な目的意識と目標達成への周到な準備。まさに「婚活」だ。

 そこで、足を運んだのは東京都港区南青山の料理婚活教室「アールズキッチン」。20〜30代の男女4人が、森由美子先生の指導を受けていた。フランス料理教室「パリ15区」を主宰する森さんのこの日のメニューは「スパイシーサマードリア」など3品。男性が混ぜたクリームソースに女性が牛乳を注ぐ。

 女性2人は専業主婦志望。ウェブ関連企業の営業職、江副友美さん(26)は「数字に追われるストレスを抱え続けるのはきつい。子どもが生まれたら、仕事は辞めたい」と言う。一方、不動産会社勤務の森勉さん(35)は、「結婚したら専業主婦になってほしいが、経済的に厳しい。二人が料理を作れたら共働きでも便利」。男女の思いは微妙にすれ違う。

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 「男は仕事、女は家庭」という保守的な価値観への回帰を示しているのだろうか。

 女性の働き方の問題に詳しい実践女子大学の鹿嶋敬教授は、この見方を否定する。今回の調査だけで保守化傾向を肯定することはできないという。「女性が高学歴化し、夫をサポートする人生だけでは満足できなくなっている」

 話を聞いた女性のほとんどは「自宅で趣味の教室を開きたい」(20歳、学生)、「友人との交流やスポーツを楽しみたい」(22歳、総合商社勤務)という。趣味を通して社会とつながり、妻や母というより、一人の女性として輝きたいという思いが強い。

 この特徴は98年の厚生白書で「新・専業主婦志向」と紹介されている。だが、安定した生活基盤が崩れつつある今、専業主婦は当時より「狭き門」。鹿嶋教授は、専業主婦へのあこがれは「砂上の楼閣である」と指摘する。

 「この世は二人組ではできあがらない」(新潮社)などの著書がある作家の山崎ナオコーラさん(31)は、20代女性の意識について「人生が生き残り合戦のように見えているのではないか。『専業主婦になりたい』は、『安定した公務員になりたい』と同じ発想のように思える」と言う。

 「私が学生のころに専業主婦になりたい友人がいなかったのは、上の世代の女性が社会とつながる夢を見せてくれたから。それに比べ、暗い話を聞かされ続けている若い世代は、高校生のうちから年金や老後の不安を感じ、自分や家族の狭い世界に踏みとどまってしまっている」

 山崎さんはこうも言う。「質素でも、家族仲良くやりくり上手に暮らす女性の好感度は上がっている」

 道無き道を切り開きながら外で働いてきた“先輩女性”から見れば、20代女性の専業主婦志向はどこか物足りず、「甘えている」とさえ見えるかもしれない。しかし、経済低成長時代に生きる若い世代にとっては、精いっぱいの願望とも言えるのではないだろうか。(毎日)

と、専業主婦(願望)に一定の理解を示しつつも、論調としては、専業主婦(願望)を否定しているように読める。それは、専業主婦という言葉を使うときに例の貧困なイメージを連想させるようになっているからだ。

もうひとつ、朝日新聞(2010年8月20日夕刊、まとめは筆者)から。

NHK総合などで放送中の「ゲゲゲの女房」と全国公開中の「借りぐらしのアリエッティ」が好調である。その人気の理由は「専業主婦」を取り上げた点にあるのではないかと記者は見ている。

これまでNHKの朝の連ドラではヒロインに「仕事を持つ明るい女性」を据えてきた。ところがこの伝統に反して、「ゲゲゲの女房」では専業主婦に焦点を当てている。「今回のヒロインは、最初から働きに出ない。仕事一筋の夫の才能を信じ、家庭を守るという典型的な良妻賢母タイプである。」

これを記者は「古い家族像」と呼び、同じ構図が「借りぐらしのアリエッティ」にも見られるというのだ。「この少女の家族が古くさい。父が仕事に行き、母が家事を仕切っている。一方、少年の母は仕事で海外出張中。彼は寂しく思っている。」

こうした家族像が人気を博す理由も記者は明快に書いている。「男女の役割が流動化した社会では、男も女も激越な競争にさらされる。何にでもなれるということは何にもなれない可能性を含んでいる。保守化している若者が増えているのも、そんな現代社会への「疲れ」が背景にあるのではないか。」

そして結論。「しかし、だからと言って「昭和」に戻るべし、とは思わない。性差別のない社会を目指して、やっとここまで来たのだ。現代の平等は、女性が男性と同じように企業戦士になることで成立している。ワークシェアリングをもっと進めるなど、人々を「昭和」に戻りたいと思わせない工夫がないと、本当に時計の針が逆回転を始める。」(朝日)

専業主婦は貧困なステレオタイプのイメージを基礎に語られ、超えられるべきものとして位置づけられている。記者の「進歩史観」は明らかである。

なぜ、専業主婦は超えられるべきものとして、現代社会にはフィットしないものとして語られるのか。理由は明白で、フェミニズムイデオロギーが「進歩史観」を採用しているからである。進歩史観はそもそも貧弱なもので、目的を据え、その目的に対して右肩上がりをするために、昔のものを超えていこうとする運動をよしとする史観である。いらないものは捨ててしまえという運動である。

でも、本当にそうなの?と疑義を挟むのが専業主婦願望だと私は思うのだ。女性も働いて社会に貢献しないといけない。自分の食べる分は自分で稼ぐ。自分だけ楽しようって姑息だよね。若い人だって、これくらい常識として分かっている。しかし、こういった常識を凌駕するものが専業主婦のなかにあるのかもしれないって、若い人は考えているような気がする。

もしかして、専業主婦は豊潤なイメージで語られる存在かもしれない。「現代社会の疲れ」を癒すという陳腐なイメージではなくて、それ以上のものがあるのかもしれない。私が「異なる声」という記事を書いているのもそれを模索するためである。